なぜ、日本社会にインクルーシブ教育は求められているのでしょう?

富国強兵・軍隊式教育とも揶揄されることがある日本の教育システムは、同質的な労働力を提供し、日本の戦後経済復興に一定の貢献がありました。しかし、世界がAI時代を迎える中、事前に様々な厳格な枠を児童に設け、そこからの逸脱を許さない日本の教育システムの下では、概してイノベーション生成は抑制され、同システムが生み出す、同質的で、どの能力も標準的な人材がAIに置き換えられるリスクが高める事態となっています。

米国の理系工学大学No1のMITやシリコンバレー業界では、自閉的な特性を持った人材(著名な企業家も含め)が多くおり、彼らは誇りを持って自分は自閉的であると述べています。彼らは一芸に秀でていても、社会の枠通りに行動する優等生とは限りません。

日本発のイノベーションを増やしていくべく、一芸に秀でた尖った人材の輩出が日本では求められる中、障害に限らず、貧困、外国籍など様々な特性を持つ子供を普通クラスに受け入れ、それぞれの特性を尊重するインクルーシブ教育の推進は、この目的のための第一歩と考えます。「障害」を、当事者が克服するべきものと考える(医学的モデル)ではなく、多様性の一環で、異質な特性と考え、社会全体がシステムとして受け入れ(社会的モデル)、健常者と一緒に、対応できるシステムを作り、ひいては新しい気づきやイノベーションにつなげることが求められているのではないでしょうか。イノベーションは、異質なアイディアの掛け合わせから生まれる傾向があります。

障害児は普通級に進んでも、様々な困難に直面するでしょう。でも、特別支援級・学校に進んでも、学校や教育委員会が保護者に伝える楽観的なうたい文句も実現することはないことは報告されています。