文科省基本調査、「特別支援」除外の根本にあるもの (会報2026年3月号より)

東京都・運営委員  片桐健司

 文科省の学校基本調査で特別支援学校の卒業者が長い間除外されていたと報道されていました(2025年12月1日毎日新聞報道)。たとえば大学進学率を計算するのに、特別支援学校の卒業生の数は計算にいれていなかったというのです。これは大学進学率だけではなく、学校保健統計調査や、子どもの学習費調査など、十数個の調査に特別支援学校の子どもは入っていませんでした。1971年頃の資料ですでに除外されていたといいますから、少なくとも50年以上、障害児は無視され続けていたことになります。このことで、文科省にとって特別支援学校の子どもは存在しない、ということが明らかになりました。障害のある子は特別な場でその子にあった教育がされると言い続けていた文科省が、実は、特別支援学校に行く子についてはどうでもよかったと自ら示したのです。「障害者はいないことにされた」と怒っている人もいたそうですが、その通りです。ある新聞では、これを「自覚なき差別」と書いていました。

 そう言われてみると私にも覚えがあります。私が特殊学級の担任をしていたとき、学級の存在をよく忘れられることがありました。何かの教材を児童数分注文するとき、特殊学級の子も使うはずの教材なのに、学級の子の数を足さないで注文されたりするのです。「すみません、うちのクラスの子の分がないんですけど」「あ、ごめんなさい、忘れてました」ということはよくありました。でも話はそれだけですみません。私が普通学級に出て、何かを注文するとき、今度は私が特殊学級のことを忘れて数を抜かしてしまったりするのです。

 どこに問題があるかと言えば、障害児とそうでない子を分けていることではないでしょうか。文科省は、障害児のために特別支援学校を作り、そこに子どもが入ることが幸せだと言ってきましたが、それは障害者が普通学校にいてはいけない、別の場所で過ごしなさいという、そこから「差別」が始まっているのです。
それが、この基本調査にも現れたのだと思います。いくら調査のやり方を改めてもその差別性は消えません。消えない限り、また差別は起こります。分離がある限り、どの学校でも社会でも「差別事件」は起こされます。分離することが差別につながるということを改めて思い起こさせる「事件」だったと思います。