「津久井やまゆり園事件」から10年 (会報2026年8月号より)

障害児を普通学校へ・全国連絡会 事務局次長  名谷和子

10年前の全国連の緊急声明
 今年も7月26日を迎えた。10年前、いつものようにニュースを見ながら朝食をとろうとスイッチを入れたテレビからの「障害者施設に男が侵入、十数人を刺し…」というアナウンサーの切羽詰まった声と何台もの救急車の映像を思い出す。その後、連日の報道で侵入した男は元職員の植松聖元被告(死刑判決が確定しているので元被告とする)で、彼は聞くにたえない障害者ヘイトの手紙を衆議院議長宛てに出していた。私はその内容をマスコミがセンセーショナルに繰り返し報道することに怒りを覚えた。ネット上では植松元被告をたたえる書き込みもあることを知り、胸が締め付けられた。その一方で、命を奪われた19人と重軽傷を負った27人の被害者については、遺族の意向で名前も公表されず、どんな経緯でやまゆり園に入所したのか、園でどのような暮らしをしていたのかなどはなんら語られることがなかった。
 事件を特集にした『福祉労働153』(2016年冬号)で桜井千恵子さんは、「教育がつくる障害者排除と優生思想」という原稿の中で、「できる人ほど優秀」という現代社会の価値観を「ソフトな優生思想」と表現していた。その年の3月に38 年間の小学校教員生活を終えた私は、日々見え隠れしてきた自分の中にある「できることは良いこと」という能力主義・
効率主義の教師根性􁻭ソフトな優生思想が植松元被告とつながっていると痛感した。彼(その考え方)を育てた学校現場にずっと身を置いてきた自分に突き付けられたこととして、退職後もこのことに向かい続けている。
 全国連は、運営委員会等で論議を重ね、緊急声明を出した。以下、その一部を紹介する。

~前略~ 
 この教育政策では、多くの障害のある子は日頃別の場所に追いやられ、また、同じ場所に居ても、特別扱いをされ、健常者にとって助けるべき「気の毒」で「異質な」存在であり、同情や哀れみの対象とされてしまいます。これでは「本来あってはならない存在」と優生思想に短絡していく危険性を常にはらむことになります。教育の中で他者との共生感覚を自然に学ぶ、そういう教育にならなければ、重度な障害のある人だけでなく、何らかの障害や難病などのある人、高齢者や失業者など多くの人が孤独と放置の中で人生を終えさせられる社会にますますなっていくでしょう。
 障害児を普通学校へ・全国連絡会は、これまでの私たちの取り組みの不十分さも今回のような事件の発生を許してしまったととらえ直し、優生思想を打ち破り共生感覚を育てる共生共育(インクルーシブ教育)の実現をめざす、より力強い活動が必要だと考えています。

 ~後略~
事件は国連でも取り上げられた
 2022年8月、全国連は障害者権利条約の日本審査にパラレルレポートを提出し、みなさんからのカンパ支援を受けて派遣団を送った。私もその一人としてジュネーブの国連で、プライベートブリーフィングに参加し、ロビー活動を行い、日本の分離教育の実態を訴えた。
 建設的対話開会のあいさつの中でラスカス委員はやまゆり事件に触れ、「教育の在り方では、分離をした形で教育が行われ、インクルーシブ教育が否定されることがあります。私はこのような態度が日本で行われているのではないかと心配しています。2016年の相模原の事件は、19人の障害者が亡くなり、27人が傷害を受けました。これは単なる悲劇的な出来事ではなく、ひとつの兆候ではないかと考えます。つまり高い優先順位で、障害者の尊厳と人権について社会の意識を高めていくことが必要です」と話された。10月に出された総括所見でも、日本社会に広がる優生思想や能力主義が事件を招いたとして、包括的な検証を求めた。
 そして「脱施設」と「インクルーシブ教育」の実現が緊急の課題であると強く勧告された。このような勧告が出されたことに全国連の取り組みは大きく影響していると自他共に評価しているが、その後の勧告実現への取り組みは進んでいるとは言い難い。

10年がたって
勧告から4年がたち、事件から10年を迎えてしまった。植松元被告はその考えを変えず、弁護士宛の手紙に差別的な言葉を繰り返し、10年前と同じようにマスコミがそれを何度も報道している。確かに、施設から出て自立生活をはじめた方もいるし、名前を公表した方もいる。旧優生保護法訴訟の画期的な最高裁判決も出た。新聞やテレビの番組で、遺族の思いや地域生活の様子などを取り上げ、「共に生きる」を強調しているのは10 年前とは違っている。しかし、学校現場では共生社会の礎となるはずのインクルーシブ教育は逆行している。そのことに触れている報道はほとんどなかった。少子化なのに、特別支援学校や学級という分離された場で学ぶ子どもの数は増え続けている。不登校の子どもの数も過去最高となっている。植松元被告を育てた学校現場は変わっていないどころか、能力主義・効率主義のソフトな優生思想で排除の論理が進んでいる。とても恐ろしいことだが、このままでは第二の植松元被告を生まないとは言えない。前述の声明のように「私たちの取り組みの不十分さも今回のような事件の発生を許してしまった」と書くようなことはあってはならない。


 東京近辺で開催されたいくつかの集会に参加した。脱施設・地域移行・意思決定支援などの例をあげて「共に生きる」は語られたが、そのための「インクルーシブ教育」はあまり語られなかった。7月22日、参議院議員会館講堂でのDPI日本会議をはじめとする障害者団体が主催した「相模原障害者殺傷事件から10年津久井やまゆり園の犠牲者を追悼し、インクルーシブ社会を目指す会」の集会はテーマが「優生思想を許さない! 脱施設・インクルーシブ教育の推進を!」で、やっと「インクルーシブ教育」を目にした。
リレートークの中での成田洋樹さん(神奈川新聞記者)の発言が心に残った。「交流学習が終わった時、普通学級の子どもたちが明るく『じゃあ、また今度ね』と声をかける。『じゃあ、また明日ね』ではないのだ。今度とはいつなのか、共に学んでいれば、明日のはず」という内容だった。共に生きるとは毎日のことでイベントではない。特別支援教育の交流と共に
学ぶインクルーシブ教育の違いを象徴する話だった。
子どもたちにとって共に生きるとは、「じゃあ、また明日ね」と教室で共に暮らし共に学ぶことだ。このことなくして共に生きる社会は生まれないとずっと言ってきたが、そこがまだつながっていない。だれもが事件はあってはならないことだと言うが、そのためには何をすべきかだ。子どもを分けないインクルーシブ教育で学校現場を変えていかなくてはと、事件10年目にあらためて強く思う。