国連勧告から1年

東京都・運営委員  名谷和子

もう一年が過ぎてしまった…
昨年9月の全国連の会報には、「国連障害者権利条約の総括所見が出ました! 権利委員
に私たちの思いが届きました! ジュネーブに派遣団を送った成果が反映されたすばらしい
内容です!」と書かれた号外が挟みこまれました。
それから数日後、当時の文科大臣が「特別支援教育を中止することは考えていない」と勧
告を無視するような発言をし、全国連はすぐに抗議文を出しました。その後、12月には、ジ
ュネーブで共に行動した団体とともに、総括所見の内容を真摯に受け止めその内容に沿った
インクルーシブ教育に関する教育政策の見直しと法改正を着実に実施していくことを求めた
要請行動を文科省に対して行い、院内集会を開催して「国連勧告実施・インクルーシブ教育
実現ネットワーク」を立ち上げました。年明け3月には、「総括所見に基づきインクルーシ
ブ教育の実現を求める要請書」をもとに文科省と交渉も行いました。しかし、文科省の姿勢
は変わっていません。
次の国連審査は2028年です。良い勧告を引き出すことができたのに、その勧告をどう
実現していくか、全国連としては3月以降足踏み状態のまま、6年間のうちの1年が過ぎてし
まいました。みなさんからの熱い思いを集めたカンパでジュネーブへ行った派遣団の一人と
して、どうしよう…どうすればいいのか…、そんな思いでこの原稿を書くことを引き受けま
した。


勧告の力は大きい
とは言え、何もしてこなかったわけではありません。勧告が出された直後、マスコミはこ
れを大きく取り上げ、全国連も多くの取材を受けました。報告集会を主催しただけでなく、
様々な団体や地域の会の集会に参加して報告もしてきました。これまで関わりのなかった団
体から機関紙への原稿依頼もありました。本号で五十嵐玉枝さんが報告されていますが、大
学で学生に話もしています。
他の団体も活発に活動を重ねています。勧告を特集した冊子が出され、障害者権利委員を
招聘しての院内集会も数回開催されています。東京大学大学院教育学研究科附属バリアフリ
ー教育開発研究センター長の小国喜弘さんが主催する「東京大学インクルーシブ教育定例研
究会」は、数回にわたって勧告を大きく取り上げ、その後も関連した研究会を続けています
。5月に東京都の国立市は、同研究科とフルインクルーシブ教育の実現をめざして連携協力
を締結したことを発表しました。8月にはDPI日本会議も「フルインクルーシブ教育事業
に関する連携協定」を結んだと発表しました。


世田谷区では
私が活動をしている世田谷区でも勧告は大きな影響を与えています。昨年9月の区議会に
おいて、インクルーシブ教育の実現を政策の柱にしている区議からの「区は勧告をどうとら
えるか」という質問に対して、保坂展人世田谷区長は「(前略)国連障害者権利委員会によ
る勧告と『私たちのことを私たち抜きで決めないで』というこの大変有名になった国連で論
議してきた障害者権利条約の合言葉を十分踏まえて、勧告の趣旨をとらえながら、インクル
ーシブ教育や地域共生社会の実現に全力をあげてまいります」と答弁しました。また、11月
には教育長が、「勧告は教育制度そのものに関わる改革を意味し国としての対応を迫まられ
るものですが、一朝一夕にできるものではないと認識しています。子どもたちは日々成長し
ているので、世田谷区としてはできることから一歩ずつでも前へ進めていきたいと考えてま
す」と答弁しています。
これらの答弁と現場とでは温度差はありますが、次期教育振興基本計画の素案には、これ
まで、特別支援教育の中にあったインクルーシブ教育に関する記述が独立して「インクルー
シブ教育の推進」として新たに柱立てがされ、すべての子どもが共に学び共に育つインクル
ーシブ教育が明記されています。


足踏みをしていてはいられない
このような動きを起こさせた勧告の力は大きく、意義のあるものです。そして、そのよう
な勧告を他の団体と共に引き出せたことへの自負と責任を感じています。足踏みをしてはい
られません。
壁は厚く課題は山積みですが、私自身はこの1年間で改めて学んだことがあります。それ
は、インクルーシブ教育は単に障害のある子の教育方法の問題ではなく、社会正義の問題で
あり人権の問題だということです。人権モデルに基づいたインクルーシブ教育は、日本の学

校の能力主義の流れを変え、すべての子どもたちの学校教育を豊かにしていき、平和で多様
な人々が共生する社会の礎となるということです。
次号で報告されますが、全国交流集会(広島)の第5分科会では、「国連勧告をこれから
の運動にどう活かしていくか」というテーマで活発な論議がされました。勧告を学ぶ・広
める段階から、どう実現していくかの段階に進まなくてはなりません。そのためには何を
するのか、何ができるのか、全国の方からの様々な意見も参考にして、熱い思いを具体化
していくための論議を運営委員会でしていかなければと思っています。