丁寧な議論を ――最高裁判決をうけた対応――
東京都・会員 尾上裕亮
障害連(障害者の生活保障を要求する連絡会議)
2024年7月3日。将来、「あの日から、差別のない社会を求める運動は、一段と盛り上がったよなぁ」と言われるようにしなければならない。
旧優生保護法の訴訟に関して最高裁判決は、被害者の人権を重視した判断を行った。政府はこれを踏まえて動き出したが、懸念を感じる。ここでは、障害連7・4声明を参考にしながら私の懸念点を述べる。
1.判決
最高裁は、6年以上にわたる旧優生保護法の一連の訴訟について次のように結論づけた。
●強制不妊手術は憲法13条(個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利)と14条1項(法の下の平等)に違反するものであった
●国会議員の立法行為は、国家賠償法の違法であった
●国の「除斥期間が過ぎたため訴えは無効」とする主張は信義則に反し、権利の濫用として許されない
●国は原告に賠償をする
2.障害連の声明
これを受けて、私が所属する障害連では翌日、この判決を全面的に支持する声明を出した。声明で訴えたかったことは、最高裁判決は通過点にすぎないことである。そして、本人の意思に背く不妊治療は人権侵害であるということを今の社会に浸透させるためには、優生思想を根絶する運動が一層必要だということである。
障害者を生まないようにすることや、「障害者が子どもを持つなんてあり得ない」という観念は、現在でも根強くある。2022年、北海道江差町にある知的障害者施設で、利用者同士が結婚や同居を望んだ場合、その当事者に対し不妊処置を「提案」していたことが分かった。これを受け、北海道の障がい者施策推進審議会は道が所管する422のグループホームを対象に行った調査の結果を公表した。不妊処置を受けた入居者がいると回答したのは14のグループホームで合わせて25人にのぼった(NHK2023年11月2日、https://www3.nhk.or.jp/sapporo-news/20231102/7000062179.html)。1960~70年代には「障害者はあってはならない存在」とされ、脳性マヒ等の障害の重い子の「子殺し」「母子心中」が相次いだ。優生思想は、日本の分離教育や施設収容中心主義の基礎となった。
3.判決に対する国の動き
最高裁判決を受け、永田町や国は、強制不妊手術の被害者の救済に向けて、テンポ良く動き出している。7月9日、国会議員は、「優生保護法下における強制不妊手術について考える議員連盟」を立ち上げ、被害者の救済を進めるための新たな法律を検討し始めた。17日には総理大臣が原告に謝罪。29日、内閣府は「障害者に対する偏見や差別のない共生社会の実現に向けた対策推進本部」を設置し、優生思想及び障害者に対する偏見や差別の根絶に向け、これまでの取組を点検し、教育・啓発等を含めた取組を強化することにした。
4.懸念点
7月17日の弁護団との面会での総理大臣の挨拶でも現れているように、国会議員や政府は被害者の救済と、優生思想及び偏見・差別の根絶(以下「優生政策の根絶」) を一緒に行おうとしている感じがある。しかし2つを同時に行うのは、明らかに間違っている。両者は求められるスピードが違うからだ。
救済は早さが求められる。強制不妊手術の被害者は、高齢化している。2018年からの各地の訴訟の間でも、数人亡くなっている。当事者が生きている間に十分な救済を行うことは国として当然である。
一方、優生政策の根絶は、優生思想をもつ政治家、官僚、公務員、そして私たち市民の考え方を変える必要があり、相当地道に取り組まなければならない。優生保護法は、障害者差別のみならず、外国人差別やハンセン病の人の差別を強めてしまった歴史がある。1948年に優生保護法が制定され複数回も改正されたことは、優生思想を支持する人が大多数いることを物語る。優生政策の根絶には、計り知れないエネルギーがいる。政府はそれを分かっているのだろうか。試金石は、議員連盟や内閣府の会議で、入所施設や特別支援学校の漸次閉鎖を打ち出せるかどうかである。とくに、障害のある子どもが自分の家で暮らし、親密な人(家族など)と過ごし、地域の普通学校に行けるようにすることは、優生思想を形成する分離を無くすことに直結する。障害者権利条約のインクルーシブ教育は、優生政策の根絶に欠かせない。
救済は早さが求められる。強制不妊手術の被害者は、高齢化している。2018年からの各地の訴訟の間でも、数人亡くなっている。当事者が生きている間に十分な救済を行うことは国として当然である。
重要なことは、被害者救済は迅速に実施し、優生政策の根絶は時間をかけ着実に行っていくことである。